京都映画盛り上げ隊!
♯16 映画監督・柳裕章さん

答えてくださった方
映画監督 柳裕章さん

京都を拠点に助監督として数多くの映像作品に携わり、映画『事実無根』で初の長編監督を務めた柳裕章監督。映画との出会いから時代劇への想い、そして作品づくりを通して見えてきた京都の魅力まで、お話を伺いました。

柳監督が映画の世界を志すようになったきっかけを教えてください。

高校までは野球一筋の毎日でした。ただ、ケガをしたり人間関係がうまくいかなくなったりして部活へ行かなくなってしまった時期があったんです。
その頃、現実逃避のような気持ちで映画をたくさん観るようになったのが、最初の映画との出会いです。


中学生の野球部時代

幼少の頃から、自分が話すよりも相手の話を聞いたり、表情や間合いを観察したりするのが好きな性格だったので、派手なアクションよりも、人と人との何気ないやり取りや、「間」で見せる作品に惹かれていました。
今思えば、当時から自分の映画の好みは変わっていないように思います。


幼少期から人の表情や会話の「間」に興味があった

映画業界へは、どのような経緯で入られたのでしょうか。

一度は早稲田大学へ進学しましたが、中退してアルバイトをしながら資金を貯め、バンタン映画映像学院(現:バンタン芸術学院 大学部)へ入学しました。
在学中、映画『ROOKIES-卒業-』にインターンとして参加する機会があり、そこで知り合った東映東京撮影所の方に助監督として声を掛けていただいたことが、この業界へ入るきっかけです。


『ROOKIES-卒業-』制作時代

当時、私はすでに27歳で、周囲よりも遅いスタートでした。
助監督にはファースト、セカンド、サードと段階があるのですが、私はサードの仕事も満足にできず、かなり厳しく鍛えられました。大変でしたが、その経験が今の自分の土台になっています。
その後、30歳で時代劇映画『半次郎』に参加し、東映京都撮影所の小道具スタッフの仕事ぶりに感銘を受けます。
「ぜひ技術を学ばせてほしい」とお願いし、京都で住み込みのような形で働かせてもらいました。
おかげで技術や知識は身につきましたが、当時は時代劇作品が減少していた時期でもあり、1年後には東京に戻り、助監督として再び経験を積むことになります。


京都で助監督に欠かせない小道具の知識を身につけた

その後、あらためて京都への移住を決意されたのはなぜですか。

東京へ戻った後、『鬼平犯科帳』シリーズなどを手がける吉田啓一郎監督とご一緒するようになりました。
吉田監督は京都で撮影する作品も多く、私自身も自然とまた京都へ通う機会が増えていきました。
現場を重ねるうちにスタッフとのつながりも増え、「自分には東京よりも京都の方が合っている」という思いが少しずつ強くなっていったんです。
2013年頃に「京都へ移ろう」と決意。その後仕事を調整し、実際に移住したのは2015年のことです。


助監督時代

京都で暮らし始めて、ご自身の価値観や作品づくりに変化はありましたか。

東京の撮影所では、作品ごとにスタッフがほとんど入れ替わります。一方、京都は東京ほど人数が多くないこともあり、同じスタッフと何度も作品を作る機会があります。
そうした人間関係の濃さや、厳しいだけではない上下関係が、自分にはとても心地よく感じられました。
また、京都へ来て驚いたのは、「笑い」をとても大切にする文化があることです。
京都人は品のいい笑いの「ツボ」というか、「間」を押さえているところがあって、その絶妙なやり取りは本当に見事だと感じます。
そういう独特な人の距離感や空気感は、移住後の映画づくりに影響を与えているように感じます。


濃密な人間関係が京都での映画制作の魅力

京都でお気に入りの場所はありますか。

広沢池や大覚寺、清凉寺、仁和寺のあたりはロケでもよく訪れますし、休日にふらっと出かけることもあります。
また、自宅近くに普段は非公開の庭園があるのですが、地元のよしみで入らせていただくこともあります。
そうした地域とのつながりは、移住したからこそ得られたものだと感じています。

多くの時代劇に携わられてきた柳監督が考える「時代劇の魅力」を教えてください。

一番は「所作」の奥深さですね。
例えば、お膳を差し出すときや賄賂として小判を渡す場面で、最後にほんの少しだけ物を相手の方へ押し出す。そのわずかな動きだけで人物の心の機微が伝わってきます。
現代劇にももちろん所作はありますが、手の添え方や視線の動き、呼吸の「間」といった細かな表現が、時代劇ではより際立ちます。
役者さんの芝居も非常に繊細になりますし、その積み重ねが時代劇ならではの魅力につながっていると感じます。

『事実無根』は現代劇ですが、どのような着想から生まれたのでしょうか。

この作品は、私自身の実体験が元になっています。
制作当時、ちょうど離婚問題を抱えていて、自分の気持ちを整理するような感覚で作品の構想を膨らませていきました。
離婚をテーマにした映画もいくつか観ましたが、ネガティブな出来事をそのままネガティブに描くだけでは意味がないと感じたんです。
同じ題材でも、観終わった人が少し前向きになれる作品にしたいと思い、脚本家の松下隆一さんに相談しました。
最初は脚本の打ち合わせというより、自分の愚痴や悩みを聞いてもらっているような状況でした(笑)。でもそんな私の話を、松下さんが一つの物語としてまとめ上げてくださったんです。


スタッフ陣と撮影段取り中

完成した脚本を初めて読まれたとき、どのような印象を受けましたか。

不思議なことに、「自分の話だ」という感覚はあまりありませんでした。
職業病なのかもしれませんが、「この場面はどう演出しよう」「ここはどう撮ろう」という視点で読んでいました。
物語に登場する父親と娘はどこかで通じ合っていながらも、決して分かり合えない。その両方の気持ちがよく伝わってくる脚本でした。
そんな登場人物の心情と、ラストの展開が「事実無根」というタイトルにもしっかりとつながっていると感じたのを覚えています。


主演の近藤芳正さん(左)と子供たち

助監督のお仕事と並行して映画を撮ることは大変ではありませんでしたか。

もちろん簡単ではありませんでした。
ただ、「人生で一度は、自分が本当に撮りたい映画を撮りたい」という思いは、ずっと持っていたんです。
その気持ちに踏ん切りをつけてくれたのが、離婚という出来事だったのかもしれません。
半ば破れかぶれでしたが、「もうやるしかない」という気持ちで自主制作に踏み切りました。
このテーマは20代では撮れなかったと思いますし、5年後、10年後でも違う作品になっていたでしょう。
だからこそ、自分の感情が一番生々しく残っているタイミングで映画にできたことには意味があったと思っています。


『事実無根』出演役者・スタッフと

現在進めているプロジェクトについて教えてください。

『事実無根』の制作中に青森の方と知り合い、そのご縁から弘前公園の桜を題材にした作品を構想しています。
弘前では、リンゴの剪定技術を桜にも応用しているそうで、とても興味深い話だと感じました。
京都にも桜守として知られた佐野藤右衛門さんがおられましたし、京都と青森、それぞれが受け継いできた桜の文化や技術を結びつけられたら面白いと思っています。
まだ構想段階ですが、少しずつ形にしていきたいですね。

映画づくりにおいて、監督が大切にされていることは何でしょうか。

「笑える」ということですね。笑いにも色々あると思いますが、笑った後幸せな気持ちになれるようなもの、誰も傷つかない、後味のいい笑いが好きです。
現代劇でも時代劇でも、そういう「笑い」のある作品を撮りたいと思います。
余談ですが、時代劇って実際にその時代を観た人はいないんですよね。だから基本的に「壮大な空想の世界」なんです。
そしてその世界には、日本人の琴線に触れる要素が凝縮されている。もし時代劇を撮るなら、お客様がそういう世界にどっぷり浸って、楽しく笑える作品がいいなと思います。



最後に、京都映画賞にメッセージをお願いします

今年度は子供向けのワークショップも始まるとのことで、楽しみにしています。
私もワークショップに講師として参加させていただくことがありますが、年齢も性格も違う子供たちが、映画を通して通じ合う姿は感動的です。
そうした活動を通じ、京都から新しい映画文化が育っていくことを期待していますし、私自身、力になれることがあれば、ぜひ協力させていただきたいと思っています。

Information

『事実無根』オフィシャルサイト https://jiji2mukon.com/

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⼀粒万倍プロダクション(いちりゅうまんばい) 担当:柳
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